会社案内|株式会社 駕徳

会社案内

やり直しのきかないご葬儀だから
「駕徳を選んでよかった」と
思っていただけるよう
よりよいサービスを追求いたします。

社長あいさつ

大切な家族との大切なお別れの儀式...。ご葬儀は駕徳に安心してお任せください

弊社は私で4代目社長となる創業約100年企業です。
初代、曾祖父は宮大工から実家が住吉大社の氏子総代であった曾祖母との婚姻に伴い葬儀社を始めました。
そのころから比べると葬儀ももちろん時代の変化とともに様変わりをしました。
時代のニーズに沿い、しかし根本は決して変わらない、人としての尊厳を大切にすることをモットーに会社運営しています。
お客様目線に立ち大切な方との最後のお別れを心を込めてサポートさせていただいております。
「行動する」と「実行する」これからも弊社は社員一丸となってこの言葉の通り邁進していく所存です。
最後になりましたが未曾有のコロナ禍でたくさんの尊い命が奪われましたこと心より哀悼の意を表します。

社長プロフィール

1962年2月1日生まれ
大学卒業後、駕徳に入社。31歳の時に前社長の急逝に伴い社長就任。
そこからジェットコースターに乗ったような人生が始まる。
前社長の急逝から2週間後に実弟が交通事故により高次脳機能障害者となり再起不能となり前途は真っ暗。
しかしそこから会社を引き継いだ時より年間施工件数を3倍強まで押し上げた実績を誇る。

性格…
実直、真面目。見た目はおっとり優しそうだが意思は強く頑固なところもある。
好きな言葉…
念ずれば花開く(野村克也監督の言葉から)

スタッフ紹介

ご葬儀に対する不安を取り除き、安心して故人とのお別れの時間をゆっくりと過ごせるようにサポートさせていただきます。

明山光義(あけやま みつよし)

20年前は立派な祭壇やお花を飾ることで遺族の方々にご満足頂いておりましたが、年を追うごとに参列者数が減少傾向にありその間様々な変化がありました。
参列者の数が減少し葬儀が縮小化していると感じます。家族葬や1日葬・直葬という言葉もよく耳にするでしょう。葬儀社の数も増加し、お近くに葬儀会館があるのではないでしょうか。
テレビCMや新聞のチラシ、ネット広告でも葬儀社を見かけるようになりました。

私は、駕徳に入社し葬儀のお手伝いさせて頂き25年になります。
その間いつも心掛けていることは、無理なく、納得して、しっかりと故人様をお見送り頂く事です。
葬儀では何十年も一緒に過ごしたご家族と数日のうちにお別れしなければなりません。
25年で得た知識や経験を活かし、その貴重なお別れの時間に集中していただける(大切にお過ごしいただける)よう、努めてまいります。

古川兼司(ふるかわ けんじ)

昨今の葬儀は「様々な形」が増えました。従来のように形式だけの葬儀を求めず、それぞれのご家族様が考える葬儀を望まれます。
儀式を行わず故人とのお別れだけを求める方、通夜式をせず葬儀式だけを行う方等、様々です。
そのご希望に添えるべく、私たちスタッフも可能な限りご要望を聞き、ご満足のいく内容をご提案できるよう、日々考えております。

また普段の生活の中では葬儀の事はあまり考えないかと思います。しかし、平等に人間は死を迎えます。ほんとんどの方が、ご家族が亡くなると慌ててしまいます。
今後もし、少しでも心配に思われる時があれば、私たち葬儀社を頼ってください。生前にお話しを聞いて頂くだけで、少しは不安が解消されるかと思います。
私どもスタッフは、いつでもご連絡をお待ちしております。

会社概要

会社名
株式会社 駕徳
所在地
〒590-0011 大阪府堺市堺区香ヶ丘町4丁1−25
設立
昭和61年6月20日(法人化)
資本金
13,000,000円
代表
佐原 敏也
役員
3名
従業員数
6名(2021年3月現在)
事業内容
葬祭業
加盟団体
  • 全国葬祭事業協同組合
  • 大阪葬祭事業協同組合
  • 堺市規格葬儀連絡協議会
取引先銀行
  • 池田泉州銀行 堺市駅前支店
  • 大阪信用金庫 宿院支店
  • 三菱UFJ銀行 堺東支店

会社沿革

大正初期
現在の大阪市住吉区粉浜に佐原徳次郎が「駕徳」創業
昭和17年~
戦争により2代目、佐原敏夫が出兵により創業中断
昭和45年
堺市香ヶ丘町4-1-25現在地に浅香山公益社 駕徳として三代目、佐原敏一が再興
昭和61年6月20日
有限会社 浅香山公益社 駕徳として法人化
平成7年1月
前社長死去により4代目社長に佐原敏也が就任
平成15年1月
有限会社より株式会社へ移行にあたり社名も株式会社駕徳と変更。現在に至る
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